Dentalism38号
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Dentalism 38 MARCH 202014フィリピンでの歯科医療ボランティアに参加したことで、自分の価値観が変わったという。のように皆保険がないので、歯が痛くなって歯医者に行くと高額な治療費がかかってしまいます。それで何もしないでいると、虫歯の細菌が膿の袋を突き破って血管に入り、血管を通じて全身に散らばって敗血症になり命を落としてしまうケースがあるのです。――そのような場所でどのような治療を行うのですか?羽尾 理想としては日本で行うような歯科治療を行いたいのですが、私たちは継続して治療を行うことができませんし、彼らもこのボランティアの機会を逃すと、もう二度と治療をしてもらえるチャンスがないわけです。ですから、本来は根っこの治療をすれば抜かなくてもいい歯でも、彼らを痛みから解放するために、そして命を救うためには抜歯するしかありません。それでも子供たちは歯を抜かれて痛いはずなのに、笑顔で「ありがとう」と言ってくれるんです。日本ではこれだけ歯を残そうと言っているのに、自分はフィリピンに歯を抜きに来ただけなのかと葛藤がありましたが、どうすることもできません。それで、フィリピンでは命を救うために歯を抜かざるを得ない分、医療環境に恵まれた日本では歯を残す努力をしよう、予防歯科に力を入れようと、忘れかけていた予防歯科に対する想いが再度燃え上がりました。フィリピンの子供たちが教えてくれたんだと思います。――ハロアルのボランティアにはどのような人が参加されているのですか?羽尾 歯科医師をはじめとした医療従事者以外にも、薬剤師や保育士、教員など一般の方も参加されています。その中でも特徴的なのが高校生の参加です。彼らはボランティアの手伝いをしてくれるのですが、さながら野戦病院のような治療会場で、次々と抜歯が行われていく様子を目の前で見ていると表情がこわばり、口数も減っていきます。それでも彼らは、患者さんの頭部を抑え、ライトを照らし、恐怖と不安に耐えながら治療を受ける現地の人を励まし続けています。そのような過酷な状況の中で、自分の肌で何かを感じ、心を動かされることがあるでしょう。また、単にアシスタントとして手伝うだけでなく、夜に高校生同士でミーティングを行ってもらいます。何不自由なく生活が出来る環境で育った彼らが、劣悪な環境で必死に生きる同世代の子供たちと出会い、世界の現実を目の当たりにしたとき、彼らは何を感じ、どう考えるでしょうか。大人の私でさえ大きな影響を受けたのですから、十代という最も多感でこれからの将来を真剣に考える大切な時期を迎えている高校生にとっては大きな経験になると思います。――ボランティアをする側にも大きなメリットがあるわけですね。羽尾 そうですね。自分の価値観を見直す大きな機会になると思います。私がこのハローアルソンに参加して9年目になりますが、最初の頃は高校生の参加も3名だけでしたが、15年目となった今では70名もの高校生が参加してくれるようになりました。実は、今年のボランティアにはうちの息子と一緒に行くことになっています。――羽尾先生にとってもフィリピンでの経験が人生のターニングポイントになったわけですね。羽尾 そうですね。フィリピンから日本に帰り、もう一度、本気で予防歯科に力を入れようと、増床してメンテナンス専用ルームを作りました。――環境を整えることも必要ですが、予防歯科となると、患者さんの意識を変えていくことが大切ですよね。羽尾 おっしゃる通りです。定期的に検診に通っていただくことはもちろん、患者さんに寄り添いコミュニケーションを深めることで、患者さん自身が歯の健康について考え、自主的に行動していただくことが大切です。――具体的にされていることはありますか?羽尾 当たり前のことですが、レントゲン写真などではなく、必ず治療前と後で口腔内カメラでご自身の口の中をお見せしています。初診時に歯茎が腫れている状況だとか虫歯になった直後の歯などは、その時にしか見ることができません。他人の資料でも良いのかもしれませんが、そうすると人間という生き物は「これは私ではないから」とどこかで思ってしまってリアリティがなくなってしまいます。ですから、自分の口腔内を見るときは患者教育のチャンスなんです。

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