Dentalism38号
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9Dentalism 38 MARCH 2020が、そのうちにずっと目をつむって何も話せなかった患者さんが、目を開けてくださるようになって、こちらからの声掛けにも、「あーあーあー」と声を発してくださるようになりました。それから自分の唾を飲み込めるようになったので、これは飲み込めるはずだと思い、内視鏡で検査した上で、スプーンでゼリーを差し上げたら、しっかりと嚥下できたのです。――それは凄いことですね。植田 私が訪問診療に伺うのは週に一度ですし、ゼリーといったって30グラムあるかないか。それでも、週に一度の1口2口のゼリー摂取を始めてから、あれだけ毎年多くの方が亡くなっていたのが、パタッと止まったのです。――一週間に一度のゼリー摂取でそこまで変わるのですか。植田 そうなんです。要するに自浄作用が働くわけです。ゼリーを一口食べるだけで唾液が出て、カラッカラでガビガビだった口の中が湿ってきて、まさにカラカラだった砂漠にバッと雨が降って一気に花が開いたという感じですよ。――ゼリーに栄養があるというわけではなくて、食べ物を喉に通すということが重要なのでしょうか?植田 そうです、それもたった一口でも違うんだと。1と2の違いは大した違いではないかもしれませんが、0と1の差は天と地の差なんです。施設の職員さんたちも本当に驚かれていました。――お話をお伺いしていると、やはり唾液の存在は重要だと感じさせられます。植田 唾液の重要性を語る上で、他にもエピソードがあります。日本大学病院には救急外来がありまして、救急車で搬送されてきた方が手術後に集中治療室で入院されています。手術が成功しても、口腔内の細菌を吸引して誤嚥性肺炎になってしまうケースがありますので、手術後に口腔ケアの依頼が来るのです。そういったときに、患者さんの意識がなくて応答がなくても、口の中が唾液で潤っていると必ずと言っていいほどその患者さんは助かるのです。反対に、すごく反応が良くても口腔内がカラカラで唾液がない状態だと命が危ないんですね。――唾液は生命力のバロメーターにもなるのですね。植田 唾液が出ていればまだ余力があるということの証拠なのでしょう。さらに、そのような患者さんが転院や退院できるメルクマールは、手術で命を救えた救えなかったではなく、口から食べられるかどうかなのです。口から食べられるようになれば転院先が沢山あります。しかし、鼻からチューブが抜けずに口から食べられないという予後になってしまった場合、転院先がないのです。最初からチューブ栄養の人を受け入れてくれる施設なんてほとんどありませんから。そうなると、口から食べられるか食べられないかで、その患者さんの余生が左右されてしまうのです。――歯科界において、摂食機能療法の教育や人材育成の重要性についてはどう考えていらっしゃいますか?植田 もちろん重要だとは思いますが、正直難しい問題でもあります。というのも、歯科の中でも診療科は20以上ありますし、そんな中で歯学部に入学してくるほとんどの学生は、歯周治療だったり補綴、矯正、口腔外科を目指しており、摂食嚥下のイメージを持っている学生はなかなかいないでしょう。しかし、これは仕方のないことです。ですからある程度、学生時代における教育の中で、摂食嚥下の大切さに気付いてくれた一部の学生がこの道に進んでくれればいいと考えています。ただ、やるやらないは別として、他の診療科の方もしっておいてもらいたいということはあります。知らないで対峙するのと知っていて対峙するのではやはり対応が違ってくると思いますので。――人材育成と言ってもなかなか難しい面がありますね。植田 教育の効果というのは目の前の学生に教えたから明日からどうなるというものではなくて、学生たち本人がどう考えて自分なりにビジョンをひろげていくかということですから、そうすると5年10年単位でみていかないと、教育としてどう効果が出たかなんて分かりません。ただ、私は新潟大学時代、「摂食って何だ」、「植田って誰だ」というところから何の実績もない人間が加齢歯科学講座を始めました。そこで教えていた若者たちにしてみれば人生の賭けだったと思うんですよ。全く知らないような講座がいきなり出来て、私みたいな者のもとで学ぼうというのは。私自身もそういう教育の実績なんて全くなかったですし、果たして自分が今やろうとしていることが、将来この子たちの為になるのかと絶えず自問自答していました。ただ、あれから15年経って、その若者たちが今では地域の核になってあの頃のビジョンを展開している。歯科だけでなくて色々な職業の人を集めて医療チームを作ってやっているのをみると、私がやってきたことは決して間違いではなかったなと思えます。ですから、今後もこの方向でやっていこうかなと思っています。摂食機能療法の大切さを広める講演を全国各地で行っている。

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