Dentalism29号
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んか合わなくても、もう作らなくてもいいのかなとか思ってる。でも、入れ歯が合うだけで食べる力が随分違うし、食べる力が変わってくると、生きる意欲もわいてくる。歯医者さんが地域の高齢者のお口全体をしっかり診て、ご飯をちゃんと食べられる状態を死ぬまで維持できれば、肺炎で死ぬ人は減るはずだし、要介護になるのはきっと遅れるはずなんですけどね。――在宅医療の現場では、食べられない状態の方も多いと伺いますが、食べる機能を取り戻すために歯科ができることもありそうです。佐々木 在宅医療の導入原因疾患としては脳梗塞後遺症が多く、胃ろうがついて帰ってくる人が多いわけですが、実際には、片側性脳血管障害の場合、 喉の機能は本当は失われないはずなんです。でも、病院では嚥下リハが十分にされないまま帰され、紹介状には大抵「摂食障害、失語症」とセットで書かれてある。仮に右の脳梗塞、 例えば大脳皮質下梗塞であっても、 基本的に喉は両側の神経支配なので、直後は動かなくても退院して2〜3カ月も経ってくると大抵動いているし、食べられるはずなんですけどね。 実際、我々健常者も含め誤嚥というのは誰にでも起こっている。むせることもあるけれど、むせないで誤嚥したとしても、大抵肺炎にはならない。肺炎になるかどうかというのは、誤嚥しているかどうかではなく、その人の全体的な生きる力を反映しているもの。誤嚥というのは一つのトリガーにすぎないのに、ちょっと誤嚥しただけで、あれダメ、これダメとやっちゃうと、ますます喉の機能が低下し、 結果として誤嚥のリスクを高めてしまうという別の悪循環が起こっていく。 本当はリハビリすれば食べられるはずなのに、誰もその人が食べられるようになるとは思わず、十分な説明をされないまま帰ってきて、そういうことに関心のない在宅のお医者さんに引っかかっちゃうと、漫然と経管栄養剤が処方されて食べる訓練に繋がらない。 嚥下リハを始めて食べられるようになると、みんなしゃべり始めるようになるので、胃ろうで生かされている人から、一緒にご飯を食べる家族の一員に戻る。そうなると介護も労働ではなく生活になるから楽しくなる。 歯科の潜在的なニーズはすごく大きいですし、歯医者さんがきちんと地域で専門性を発揮してくれると、患者本人のみならず介護する家族も含めて、幸せになれる人はたくさんいますよ。歯医者さんも歯科衛生士さんも、歯科医院に来ている高齢者を見ているだけではわからない、本当に歯科を必要としている人たちをもっと地域に出て見にきなよ! と思うんですけどね(笑)――胃ろうで自宅に戻った患者さんに対して、食べていい評価というのは、誰が行うのでしょうか。佐々木 多職種による役割分担の中で、嚥下評価、食べることの評価って誰がやるのかというのは、実は明確になっていません。仕組みとして食べることに後押しがないんです。 誰もが本当は「それは歯科だろ?」って思っているけれど、地域でそれができる歯医者さんや、できると言ってくれる歯医者さんが、今のところそんなに多くはないのが実情です。  新宿には五島朋幸先生がいますが、五島先生だけでは診きれない。東京23区は半径16キロに人口が800万人もいて、 高齢化率が30%を超えてきたら、とてもじゃないですけど数人の歯科医師で支えられるとか、そういう話ではないです。街の歯医者さんがみんな頼まれれば高齢者の家に行き、ちゃんと口の中の機能と環境、飲み込む力をチェックして、今どういうものを食べているのか、どういうものを食べたいのか、それをちゃんと繋いでいってくれないと。――10年後、20年後に迫る多死社会と、その先を見据えて、医科も歯科も高齢者を支える地域も、 Dentalism 29 WINTER 2017 14Special Interviewお医者さんの話を聞いてみよう!

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